明治の大坂の大火で・・・

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 明治六年頃大坂に大火があって 川を七つ飛び越え 北は大坂城でとまったそうな
それは火が出てから三日目だった由で
 その頃になると焼放題のお布告が出て 自然に鎮火するまでうっちゃらかしだって

丁度叔母さんの葬儀の前日だったので 取り敢ず死骸を長持ちに入れておいたら
 火事場泥に持って行かれたが 淀川べりで蓋を開けた長持を見つける事が出来た由

泥棒の姿が目に見えるような



《巷の凡人雑感》

これは落語か漫才にでも出てきそうな話です。
死骸を長持ちに入れて置くって、その当時だからできた話かな。

大坂の大火事の記録は江戸から明治にかけても沢山残っているようです。

でも
この当時、二日以上燃え続けるような大火の記録を少し調べてみましたが…
わかりません
(・・?
この話も
亡母がその父母から聞いた話のようなので、話が次第に面白・可笑しくなっていったのかもしれませんね。
(^^ゞ

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